「旦那、タバコの火を恵んじゃあくれやせんか。。」
「おや、どうしたね君」
「いやね、ついいつもの癖で飛行機にのる前だってんでライターを捨てちまいやして。。」
「そうかね、これをお使いなさい。良かったらタバコもどうかね?」
「おや、旦那珍しいタバコをお持ちで。。これはどちらのお国のもので?」
「日本のタバコだがね。珍しいかい、ここいらでは?」
「日本のですかい?あっしも若い頃に船に乗ってた時に何度か行った事がありやすぜ。」
「ほう。若い頃は船乗りかね?」
「ええ、貨物船に乗っておりやしてね。。たしかヨコハマとか言う港に何度か。。」
「どのくらい前の話だね?」
「そうですやね。。かれこれ30年前くらいでしょうかね。。」
「30年前かね?その頃わたしも横浜に住んで居たよ」
「そうでやすか!もしかするとすれ違った事もあるかもしれやせんやね。」
「そうだね、そうだとしたらここで再会できたのも愉快な話だが。。」
「旦那はその頃何をしておいでで?」
「まだ大学生だったがね。。」
「ほう、学士様で?」
「学士と言うほど偉そうなものでもなかったがねえ。。」
「あっしの国では大学に行けるのは恵まれた家柄の子供だけでさあ。」
「船乗りもなかなか良い仕事だと思うがね。」
「そりゃあ、一等航海士とか船長とかならいいご身分ですがね。平の船員なんか悲惨なものでさあ。。」
「そうかね。。わたしも若い頃は船乗りに憧れたものだが。。そうかね。。」
「旦那はみたところ、仕事でお出でのようですが」
「そうなんだ。急な仕事でね。」
「どのくらいこの国にいなすったんで?」
「そうだね、一か月くらいか。。」
「今日ご出立で?」
「やっと仕事にめどがついてね。」
「そうですか、そりゃあ良かった。。この国ではご不自由なさったでしょ?」
「会社とホテルの往復だけだったからさほどでもなかったがね。」
「そりゃあ良かった。。あちこち出歩きますと悪さする連中もわんさとおりやすからね。」
「まあ、ちょっとくらいは出歩きたい気持ちもなかったではないけどね。」
「いや、街の外れに石油の製油所が有ったのを見なさりやしたか?」
「ああ、客先の工場に向かう途中で2度ほど見たが。。」
「あそこね、石油をパイプラインから盗んで売りとばすマフィアがおりやしてね。。」
「ほう」
「そのマフィア同士で抗争をやっておりやして。」
「そうかね?」
「街の近くの山に新しい道路がありやしたでしょ?」
「あったね。」
「そこに銅像がありやせんでしたか?」
「ああ、7-8mくらいのが立っていたね。」
「そこに出入り中の相手のマフィアの生首なんか掛けたりしましてね。」
「そうかね、結構危ない所を通っていたんだね。」
「そうですよ、旦那。あとあの道路早朝や深夜に空港に向かうと後をつけて強盗する連中がいるんでやすよ。」
「今日もその道を通ってここに来たんだがね。」
「運が悪いと出会いやすぜ」
「そうか。意外に危ない所を通って来たんだな。」
「まあ最近では減ってきたようですがね。」
「それは何故かね?」
「旦那のような日本人が工場を建てて仕事を増やして下さったからでやしょう。」
「まあ私が建てた訳ではないがね。」
「あんな辺鄙なところに旦那方は何を建ててるんだろうとは思っておりやしたが、今では工場だらけで。」
「なんか済まない気もするがね。」
「いえいえ、おかげで学校に行ける子供が増えてみんな喜んでおりやすよ。」
「そう言って貰えると嬉しい気もするが。。」
「旦那のところも自動車をお作りなさってるんで?」
「自動車は作ってないが小さな部品を細々とね。」
「そりゃあようございやした。」
「工場で働いてくれてる人達はあまり残業をしたがらなかったね。」
「そりゃ、食べれる分お足を貰えれば後は家族と一緒にいたいってのが人情ってもんじゃございやせんか?」
「そうか、それがやはり自然ってものだね。日本人がちょっとおかしいのか。」
「こう言っちゃあなんですが日本人って方々はちょっと働きすぎなんじゃあございやせんか?」
「君たちを見てるとそんな気がするね。。」
「今日も旦那は何時にホテルを出なすったんで?」
「朝の3時ちょっと前だね。」
「ほらごらんなさい。まだ日も登ってないじゃございやせんか。おまけに危ない道なんか通りなすって。。」
「そうだね。これでもし何かあっても誰の得にもならんね。」
「そうでやすよ。もうちょっとご自分を大切になさりませんと。」
「これからはちょっと慎むとしよう。」
「それがいいでやすよ。」
「タバコをもう一本どうかね?」
「頂くといたしやしょう。」
まだ搭乗手続きは始まらない。メキシコの朝はまだ始まらない。。