ひろしと香港事情 大陸側の一般人の視点その⑦

ひろしと中国

 

ひろしです。

 

ここの所、広東省では連日大雨暴風雷警報が発令中です。ひろしの住む東莞(ドンガン)市でも午後から雷が鳴り響き3時くらいから大雨となるのが日常になりつつあります。そうなりますと排水機能が極端に弱いこととて市内のあちこちで水が溢れるという次第。

大雨の冠水で困る大陸人の図。。

※昨日の大雨の冠水で困る大陸人の図。。ちなみにもうちょっと深くなると車のひろしも困る。。

 

さすがの中国政府様もこれではまずいと思ったのか、2年ほど前から市内に数百キロに及ぶ排水口の工事に取り掛かりました。まあそれは良い事なのでしょうがなにせ思い立ったら猫まっしぐらフリスキーのお国柄、あちこちで一斉に手を付け道路を閉鎖しまくってます。

 

当然閉鎖しただけで工事が始まらない所も多く、あちこちで大渋滞を引き起こしています。

 

3年くらい前であれば3車線が1車線になる所にあらゆる方向から車が殺到し、リンダ山本嬢よろしく、もうどうに進まない状況となったものですが最近では多少譲りあった方が結局早いと学習したのか手前では相変わらずつばぜり合いはするものの最後の一線では譲り合うようになり、以前程ひどい状況ではなくなってきました。

 

お隣の文化の香り漂う深セン市では歩行者に道を譲らないとお得意の交通監視カメラからたちどころにナンバーを割り出され違反点数と罰金の通知が携帯に飛んで参ります。しかしひろしの住む東莞(ドンガン)市ではまだそこまで取り締まりが徹底されてないために深センナンバーの車が歩行者に道を譲って停まった所に東莞ナンバーの車が追突したり、停まって歩行者を待ってる車の脇をすり抜けて横断している歩行者を撥ねてしまうなど割と悲劇的な展開も見受けられます。やはりやるなら一斉に交通規則を統一しないと駄目なようですね。。( ꒪⌓꒪)

 

 

さて2010年以降の様子をお送りしてみましょう。。

2010年から2015年頃の状況

この頃ひろしは深セン市内のとある貿易会社に転職していた。実はひろしキングボンビー体質のためか、かつて所属していた会社はことごとく傾いてしまいこの転職も前の事業部が清算されて消えてしまったからである。

 

しかしキングボンビーとは言え、ぺんぺん草の生えている田舎の工場から都会の60階建てセキュリティ付きオフィスビルで働くのも悪い気分ではない。

 

特に深セン市内のOLさん達は非常にオシャレでお化粧や服装のセンスもかなりのレベルである。恐らく東京都内を歩かせてもそうそう引けはとるまい。正座をしない文化からかOバック。。もといO脚の人など全くいなく脚もすらっとしている。

 

お尻も当然セクシーだ。むしろスタイルまで計算すれば少しセクシーすぎる服や化粧のセンスを差っ引いても若い男性諸氏にとってはたまらんちーやかもしれない。

 

ひろしお気に入りの同僚の若妻の王さん(仮名・子持ち)なども一度薄いブルーの超シースルーの上着で黒のブラジャー丸見えの服で通勤してきた事があった。

 

さすがのひろしもまともに見ることもできず。ちょっと指摘したらやはり「しろしさんのシケベ」って言われた。もっとも他の女性同僚からも控えめに指摘されたようでそれ以降はまあ普通レベルのセクシーに戻していたが。。あの服で良く旦那様や一緒に暮らしてるじじばば様が出勤時に何も言わなかったものだ。。

 

さて貿易商社ともなれば深センにオフィスを構えていても香港にも打ち合わせに行く用事が多くなる。この頃はまだ大陸側の方では日本や海外の有名ブランドの化粧品や日常品などあるにはあるが偽物の疑いが拭い切れず、かつ高いものである。

 

また粉ミルクなども日本も騒がせたメラニン入りなんて事件も有ったりして香港に打ち合わせに行く際にはオフィスの女性陣から必ず買い物を頼まれていたものである。化粧品やお菓子、食べ物、資生堂のシャンプー、粉ミルクなどなど。大陸で買うより香港の方が安いとは言え、中国産のものに比べれば数倍高い。

 

それでも中国人同僚達は平気で頼んでくる。つまりお金を持っているわけである。この頃同僚たちの給料は恐らく6,000-10,000元(日本円で10万~17万)相当であったと会話から察している。日本人に比べては低いかと思われるが夫婦共働きが基本であるから恐らく家庭所得では倍になるであろう。

 

共働きの背景にはどちらかの父母が子供の面倒を見るのが当然で、その父母は家を持っており、年金も貰っている。一家全体で考えれば相当の金額になるはずである。日本人が思っているよりそれなりの所で働いている中国人はお金を使えるものなのだ。

 

もっとも家も車も教育費も高いので締めるところは締めている。女性同僚達は殆ど既婚で子供もおり、教育にかかる費用の高さをぼやいていた。良い保育園では月10,000元(17万円)もざらである。この辺りの費用については田舎のじいちゃんばあちゃんが負担している人も多かった。

 

さてこの頃になると深センの経済特区としての意味は大分薄れかかってきていた。なにせ特区外の給与の伸びがすさまじく、深セン市内の家賃の高さを考慮すればむしろ特区外で働いた方が使えるお金が多いからである。

 

特に工場勤務では寮に三食、エアコン完備とあって給与が丸々使える人も多い。もう無理に深セン特区内で働く必要も無い。そういう訳で渋滞の原因となる検問所の第2ボーダーは監視がどんどん緩くなり、やがて全く監視しなくなり、ついには交通の邪魔という事で撤去される所すら出始めた。

 

さてこの頃、イメージアップのためか深セン市内は3Kの職場を極端に嫌い、この手の工場に規制を強めて市内から追い出し始めた。簡単な組み立て業、メッキ屋、騒音を発生する工場、縫製屋などである。

 

元々この手の工場は香港、台湾、韓国資本が多かったように思う。市内で羽振りを利かしていた香港人も市外に追い出されるにあたり、引っ越し費用やなんやかやとお金を使わされ、これを契機に廃業するところも少なからずあったように思う。うちのサプライヤーさんも市外に大きな工場を作る所と廃業する所、海外に移転する所に分かれていた。

 

中国人の同僚達も年に2回ではあるが香港にも観光とショッピングに行くようになり、(注:深セン市以外の戸籍の人間は年2回までしか行く許可が出ない)また深セン市の戸籍を持つ同僚は何回でも行けるので既に香港は憧れの地では無く買い出しや美食ツアーの対象となり始めていた。

 

もっともこの頃爆買いも含めて直接大陸の人間と向き合い始めた香港人の中国人に対する印象が悪くなって行った時期でもある。まあそんな目で見られれば大陸人も良い気はすまい。特に買い物に行けるような大陸人は中流以上であるから余計に良い気はしないであろう。。

 

 

そんな感じでまとめてみると2015年の終わりの頃の深セン付近で働く大陸人の香港人に対する印象はこんな感じであったと思う。

 

「香港人?彼らは生意気だよね!客に対する態度じゃないよ、あれ!まあそりゃうちらの一部の中にはマナーの悪いのもいる事は確かだけど香港は商人の街でしょ?もうちょっと客商売ってのを考えた方が良いよ!狭いし人多いし買い出し以外は行きたくないね!あ、なにひろしさん来週行くの?じゃあ日本の粉ミルク4缶買ってきて!え?なに?今は制限かかって一人2缶まで?しょうがない2缶で良いわよ、忘れないでね!」 お前ら。。俺はお使いじゃないぞ!( ꒪⌓꒪)

 

続く!ヾ(*ΦωΦ)ノ  ヒャッホゥ